⑬ 【最終話】
懸賞生活が再開して、1週間が過ぎた。
以前のペースは取り戻してはいないものの、日に1件か2件、宅配便で賞品が届いていた。
文美枝はすでに「店作り」の計画に着手したようだ。
これまでインターネット以外、ほとんど関心を示さなかったのに、表計算ソフトを開いては、何やら「皮算用」に精を出している。
それを横目で見ながら、俺は何も文美枝に云ってはやれなかった。
このまま旨くいくはずがない、という予感はあったが、それがどういう結末を迎えるのか、皆目見当がつかなかった。
○
異変に気付いたのは、文美枝が先だった。
いつもより早めに帰宅して、着替えを済ませ、さて食事という時だった。
食卓の向かいに座った文美枝が、腑に落ちないといった顔つきで、こう切り出した。
「あなた、これ私へのプレゼント?」
俺の目の前に、真新しいルイヴィトンのハンドバッグが現われた。
「いいや。悪いが、違う」
「そうよね。結婚記念日は3月前だし、誕生日は半年以上先だものね」
「どうしたんだ、これ?」
「今日、届いたの」
「へえ、良かったじゃないか。高額なものが当たったものだな」
「それが変なのよ。これ、見て」
と云って、差し出したのは、商品に添付されていた挨拶状のようだった。
「『この度はお買上げありがとうございます』かあ。おかしいよな、『当選おめでとう』だろ」
挨拶状は、品質保証、返品ご容赦と続いている。そして最後に、老舗百貨店の外商部の名前があった。
「それにこれ、あなた宛なのよ」
「そりゃ確かに変だな」俺は考え込んでしまった。
「gets!」は今まで、どういう仕掛けかは分からないが、賞品に応じて、男物は俺の名前で、女物は文美枝名でという風に、上手に選り分けて使っていた。
答えは思いつかなかった。
「何かの間違いだろう、多分」
「そうよね。取り違えたのね、きっと」
「当選品の発送を請けたデパートが、出荷のとき、買上げ商品とゴッチャにしたんじゃないのかな。いや、どうかな」
「きっと、そうよ。そうに違いないわ」
○
それから2週間後の月末、先の文面が間違いでなかったことが判明した。
俺宛に送られてきたクレジットカードの使用明細書に、ルイヴィトンの代金が載っていたのだ。
さらにそれ以前、「懸賞生活」が復活して以来の"当選賞品"の代金も記載されていた。
すべて「賞品」だと思っていたものは、「商品」だったのだ。当たったのではなく、正当な買物としてカウントされていたのだった。
幸いと云うか、「gets!」の頃の当選品の代金は載っていなかった。すべて「ゲッツー」に換わってからのものだった。
ソフトの種類はまったくの別物だ。エンジェルの顔をした「全自動懸賞応募ソフト」と、「浪費型買物ソフト」。
「ゲッツー」は"親孝行な放蕩娘"のようなものか。勝手にクレジットカードでモノを買ってきては、「これプレゼント!」と云って置いていく。「支払は自分でね」と、後ろ手にドアを閉め、またどこぞへ遊びに飛び出して行く。
そんな子どもがいたら、世間の親はどうするのだろう。
「あなた、なにそんな悠長なこと考えているのよ! 急がなくちゃ」
文美枝はすでにPCの前にいた。
「どうするんだ?」
「決まっているでしょ! 消去するのよ!」
そりゃそうか。放蕩娘のカードを、まず取り上げるのが先か・・・。
「どうしよう、消えないわ!」
「以前やったみたいに、『システムの復元』すればいいじゃないか」
「もうやったわよ! でもリセットするとまた現われるのよ!!」
「そう容易くは、赦してくれないか・・・」
「なんて云ったの、いま?」
「なんでもない。それより、まずコンピュータの電源を切るんだ」
「切ればいいの?」
「ああ。ADSLの接続も外しておいたほうがいいな」
「そんなことしたら、インターネットできないじゃない!」
「ああ、当面無理だろうな」
やはり「gets!」と「ゲッツー」はひと繋がりなのだろう。だからと云って、「gets!」がエンジェルで、「ゲッツー」が悪魔の仕業だとは、俺にはどうしても思えないのだ。
「gets!」の作者が、もし悪意をもって「ゲッツー」を送り込んだのだとしたら、これは随分と手ぬるい復讐だと思う。「警告」だと考えれば、腑に落ちる。
今まで俺たちは、「gets!」のことを誰にも話さずにきた。それはもちろん、欲得づくのことだったが、これからは秘匿する義務が課せられたのだ。
破ればどうなるか。今の俺には想像もできない。
(了)
「懸賞いつも当たり①」 から読む