⑧
妻の日常はこうだ。
朝起きるとまずPCの電源を入れ、それから家事に取り掛かる。家事のあいま、メールソフトを起動させてメールをチェックしたり、メールを打ったり、「お気に入り」のホームページを覗いたりして1日を過ごす。買物に出かける時も電源は落さない。
"なに云ってるのよ。こまめにスイッチ切ったって、ひと月タバコ1箱分だっていうわよ"
それじゃ立ち上げる時の煩わしさに見合わないと妻は云う。
今ではそれが主流なのだろうか。インターネット常時接続が当たり前になって、まだそんなにたっていないというのに。
「あなた、ちゃんと見てる?!」
文美枝はスタートボタンをクリックしたあと、「すべてのプログラム」→「アクセサリ」→「エンターテイメント」を選んでいった。
そこには何十というソフトが2列になって並んでいた。
「よくもまあ、集めたものだな。みんなゲームのフリーソフト?」
「大体はね。でもそうじゃないのも混じっているの。これ、見て!」
文美枝がカーソルを使って指したアイコンには「gets!」というタイトルが付いていた。
「gets! かあ」
俺は一度は売れて今は大して売れていない、スタンダップコメディアンの顔を思い浮かべた。
文美枝は俺を睨んだまま、「gets!」のアイコンをダブルクリックした。
突然ふざけた音楽が鳴り響いた。
モノクロのタイトルロゴに続いて、小学生がノートの片すみに描いたような、なんともアンバランスで、貧相な男性キャラが登場した。一応アニメションなのだが、線画のため、動くたびに線がゆらめいて、パラパラマンガを見ているみたいだ。
彼はチャブ台で一生懸命何かを書いている。すぐに書き終わり、書いた紙を手に持って家の外に出る。2、3歩で郵便ポストに到着する。手に持っていたものがハガキだと分かる。ハガキをポストに投函するすると、また2、3歩で家にたどり着く。家に戻ってはまたハガキを書き、ポストに投函。これをエンドレスで繰り返す。
○
「で、どうやって遊ぶんだ、これは?!」
「どうやっても遊べないの」
「ふーん、つまらん!」
「ふっ、そんなこと云っていられるのも今のうちだけよ。いーい、よく見てなさいよ!」
文美枝はどこかをクリックした。新しいページが開き、英数字の羅列が現われた。
「これがなんだかわかる?!」
「たぶん、なにかのログファイル」
「正解。ではなーんだっ? 分かんないでしょ、どうせ」
「ちょっと待てよ」
俺は文美枝からマウスを奪い、ログファイルをスクロールした。
英文字と数字、それと記号の洪水だ。膨大な何かの固まりが流れていく。スクロールバーの動きが緩慢だ。細かな文字列が、高速に画面の上へと消えていく。
そのうちに、今度は滝のように文字が下へと動き出した。目が変になって文字を追い切れない。
所々、赤いしみのようなものがあることに気付いた。スクロールを止めてみると、それが「win」という文字だということが分かった。
「win」のあとにスミ文字のアルファベット。読んでみた。
"a computer"とある。
スクロールバーを直接マウスで動かし、「win」の赤い文字が1画面に数多く
出ているところを見つけた。片端から後に続く文字を読んでいった。
"two travel tickets"
"a DVD player"
"a massage chair"
"a seasoned powder for sprinkling over rice"
あやしい英語が並んでいた。読み上げた5つの単語をひとまとまりに考えると、意味するものが浮かび上がってきた。
「これは当選賞品リストだ・・・!」
「そうよ」
「どういうことなんだ?」
「こういうことなの」
「そんなにマジな顔、やめろよ」
急に喉の渇きを覚えた。横隔膜がヒクヒクする。これが何なのか、口に出していうことがとても馬鹿げたことのように思えてきた。
「さて、これは何でしょう?」ついに文美枝が笑みを浮かべながら俺に質問した。
「多分・・・、全自動懸賞応募ソフト!!」俺も大笑いしながら応えた。
《つづく》
[つづき]懸賞はいつも当たり ⑨