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「あれは間違いなくすべてわたしたちのものなの。だって賞品の送り先が、わたしたち宛だったし、未だに誰も何も云ってこないじゃない!」
根拠はそれだけ? 待てよ、"わたしたち宛"ってことは、文美枝宛もあったのか。
「あなたの自転車のあと、すぐにわたし宛にこれが届いたの」
そう云って妻はなんの変哲もない1通の白封筒を差し出した。表書きには目録とあり、裏を見ると銀座にある老舗の宝飾店からのものだった。
「ダイヤの詰合せって云いたいところだけど、まけて真珠の三連のネックレス!」
文美枝はウルウルの眼でそう云うと、俺の顔をのぞき込んだ。
そして、
「わたし、イヤだからね。返すなんて云わないでね!」と云うが早いか、寝室に駆け込みドアをピシャリと閉じた。俺の顔に一体どんな表情が貼り付いていたのだろう。
これじゃ、まるで天の岩戸だ。俺が女装してディスコダンスを踊った位では、岩戸は開きはしないだろう。
初めて自分宛に賞品が届き、しかも思いのほか高額商品だったので、妻のココロは俺の知らないどこかにワープしてしまったようだ。
想えば、返す返すと云いながら、いつか返そう、どこに返そうかと、問答を繰り返したあげくの7日間だった。
妻の決意の程は分かった。痛いほどに。この件について、夫婦間でのはっきりとした意志決定を迫ってきたのだ。"返さない"という方向で。
「みちずれ!」という演歌のタイトルがふと頭に浮かんだ。
続いて「夫唱婦随!」という大正ロマンチックな言葉が浮かんだ。実際は「婦唱夫随!」なのだが。
ふたりしてネコババを決め込むか。待てよ、これは何も、泥棒を働いている訳ではない。文美枝の云う通り、"だって賞品の送り先が、わたしたち宛だったんだもん!"と、言い逃れできるかもしれない。
ダイヤに目のくらんだ「貫一」ならぬ文美枝と一緒に、俺も松の根元でだれかを思い切り蹴り飛ばしてみるか・・・
ブレーキレバーから両手を離したまま、長い坂道を、二人乗りした自転車で一気に下って行くような感じ。爽快過ぎて、恐いほどだ。
覚悟を決めた途端、翌日から堰を切ったように、届けられる賞品の数がほぼ10倍増した。併せて高額賞品の当たる率がアップした。
俺宛やら妻宛で、同じ液晶テレビが、異なる送り先から前後して3台届いた。
大型プラズマテレビは1台、DVDデッキは2台、マッサージチェアーも2台。
ハワイ旅行を手始めに、南の島旅行招待が計4本、中国大連の船旅も1本。国内の温泉旅行クーポン券は、どこかに紛れ込んでしまって、探していないので見つからない。
果物もいろいろ当たった。当たり過ぎて食べている暇がなく、熟した甘酢っぱい香りが部屋中に満ちて、不快な程だ。
細々した当選品は、ほとんど見ずに大型賞品のすき間埋めに使っている。点数で云えば200点は下らないだろう。
これがあれから1カ月と1週間間のことだ。そして今日、デスクトップコンピュータが玄関先にドドーンと届いた。
《つづく》
[つづき]懸賞はいつも当たり ⑤