③
「あなた、また当たったみたいよ!」
会社のデスクで昼食をとっていた時、携帯電話が鳴った。妻からだった。
「当たったって何が!」
「MTBって云うのかしら、自転車みたいよ」
「開けたのか」
「開けてないわよ。外箱に絵が描いてあるから分かったの」
「いいか、俺が帰るまでそのままにしておいてくれ」
「そうするわ。でも気味がわるいわね」
「今日はなるべく早く帰ることにするから!」
俺は電話を切って、ここ1週間のことを思い出した。
今週の日曜日がすべての始まりだった。梅干に続いて月曜日にはスポーツタオルとインスタントコーヒーセットが届いた。
火曜日は映画の試写会招待券と九州の醤油、水曜日はキャラクターのぬいぐるみ。木曜日はお休みで、金曜日には全国老舗ラーメンセット1年分(なぜか52個。週1個という訳か)が届いた。
すべて身に覚えのない当選賞品だった。
送り主は、ラジオ局やテレビ局、新聞社だったり出版社の編集部だったり、また、1部上場の大企業だったり、聞いたことのないメーカーだったりと、千差万別だ。
ただ、今迄届いた賞品には1万円を越えるような品物はなかった。言わば日用品の類がほとんどで、俺も文美枝も心理的な負担をたいして感じずにいた。
なにか変だとは思いながらも、そのうち止むだろうと多寡を括っていた。
考え違いをしていたようだ。文美枝に云われたからではないが、不気味な感じがする。
俺はやりかけの仕事を早々に片付け、直帰する旨をホワイトボードに書き、4時過ぎには会社をあとにした。
○
6時前に家に着いた。
部屋の中央に置かれた大きな包に目を向けた。成程、自転車の絵が描かれてある。近頃スーパーで売られている1万円以下のママチャリとは随分と形が違う。オフロードを走るMTBがこれか。5万から10万はするかな。いいものが手に入った。
いや、そうじゃない!
これは俺のものではない。何かの間違いの結果、今はここにあるが、本来ここにあってはならないものなのだ。
返すべき品物なのだ。いままでのものすべてと一緒に。
梅干はあまりの旨さに負けて二日で食べてしまった。
買って返せばいい。デパ地下を探せば同じものがあるはずだ。
あとは・・・大丈夫。食べても飲んでも、使ってもいない(はずだ)。
居間で妻はいつものようにPCに向かっていた。声を掛けたが振り向きもしない。「お前の電話のせいで飛んで帰ってきたのに」とも思ったが、普段と違う妻の真剣な表情には、さらに声を掛けるのをためらわせるものがあった。
「文美枝、忙しいところ何だけど、ラーメン食べてないよな」
妻は手を休めず、「3時のおやつに頂いたわよ」
「頂いたって、おまえ・・・」
振り向きもせず、「さすが老舗ね、インスタントも馬鹿にできないわ」
「あれは俺たちのものじゃないんだ。返さなきゃいけないんだ!」
妻は歌うように、「紀州梅はほとんどあなたひとりで食べたじゃない」
「あれは、どうかしていたんだ。きのうの晩、話し合ったばかりじゃないか。賞品には今後、手を付けないって!」
それには応えず、文美枝は打ち続けていた手を一旦キーボードから離し、気合いを入れてリターンキーを押しつけた。
「これでよしっと」
ひとつ背伸びをして、椅子を回転させ俺の顔をのぞき込む。
「大丈夫よ。あれはすべて私たちのものだから」
そう云って、妻は俺が今まで見たこともない自信に満ちた微笑みを浮かべた。
《つづく》
[つづき]懸賞はいつも当たり ④