自分が小学生だった頃のことを、ちょっと思い出してみてください。
可愛い盛りの1、2年生ではなくて、「ギャングエイジ」の5、6年生でもなく──。3、4年生ぐらいが適当かな。
では、改めて。
さあ、あなたは小学校4年生です! たった今、朝教室に着いたところ。
ぐるりと教室を見回してください。誰がいますか?
いつも一緒に遊んでいる仲良しの友達の顔、最近ちょっと仲違をいして、「シカとしている」アイツの顔も見えます。
その向こうの廊下側の席に、ひとりぽつんと座っている女の子がいます。
日頃、他の女の子達ともあまり話すこともなく、ちょっと小太りで、おとなしい子です。勉強も、スポーツも特にできる訳でもなく、まったく目立たない女の子です。
(男の子でもいいのですが。こんな子、クラスに一人や二人いましたよね!)
◇ ◇ ◇
ある日曜日。あなたは家族と一緒に、車に乗って郊外のショッピングセンターに買い物に行きました。そこでは『チャレラン大会』というイベントをやっていました。
退屈していたあなたは、家族と分かれて『チャレラン大会』に参加することにしました。
受付に並んでいると、列の少し先のほうにあの「女の子」がいました。
「この近所に住んでいるのかな」と、ちょっと思いましたが、「あまり口を聞いたこともないし、関係ないや」とあなたは考えました。
『チャレラン大会』では5種類の競技が行われていました。
1.1分間空き缶積み ~1分間で何個空き缶(スチール缶)を積めるかを競う。
2.豆つまみ皿移し~箸を使って、1分間で何個、右の皿から左の皿へダイズ豆を移すことが出来るかを競う。
3.洗面器お手玉投げ~5つの離れた洗面器に5個のお手玉を投げ入れ、各洗面器に書かれた点数の合計を競う。
4.傘バランス~足を閉じた姿勢で片手の人差し指の先にビニール傘の先の部分を立て、何秒間(何分間)姿勢を崩さず傘を立てていられるかを競う。ほとんどの人が、5~30秒がやっと。
5.1分間じゃんけん~参加者全員で行う競技です。1分間の間に、なるだけ沢山の人とじゃんけんをして、じゃんけんカード(最初に5枚配る)のやり取りをします。一番たくさんじゃんけんカードを集めた人が勝ち、という偶発性の高い競技。
「なんか、単純な競技だな」と最初あなたは思いましたが、やり始めてみると案外夢中になって、すべての競技にチャレンジしました。
あなたの成績は、
・「1分間空き缶積み」7個 ・「豆つまみ皿移し」68個 ・「洗面器お手玉投げ」200点 ・「傘バランス」8秒 ・「1分間じゃんけん」6枚 でした。
ちなみに日本記録は、
・「1分間空き缶積み」17個 ・「豆つまみ皿移し」98個 ・「洗面器お手玉投げ」250点 ・「傘バランス」2時間23分11秒 ・「1分間じゃんけん」32枚 です。
「すごいな」とあなたは思いました。これはみんな、全国の幼稚園生や小学生が出した記録とのこと。
『何回でもチャレンジしていいんだよ』と係りのお姉さん。
でも「とてもかなわないや」と、あなたは諦めてしまいました。
* * *
競技はまだ続いています。
ふと見ると、「傘バランス」をやっている場所が、なんだか盛り上がっています。大きな人の輪ができていて、中心にあの「女の子」がぽつんとひとり、傘を逆さに立てて競技を続けています。
『ただ今、30分が経過しました!』と司会者が告げます。
「30分だって!」あなたは本当にびっくりしました。あなたの記録は8秒。それだってりっぱな記録でした。「一緒にやった大人だって3秒と、もたなかったのに!」
『35分、経過!』
いつの間にか他の競技はすべて中断していて、みんなあの「女の子」を応援しています。「すごい!」と、あなたは心の中で思いました。
地味な子だし、太っているし、可愛いってわけでもなく、髪型だってドングリみたいで変、とずっと思っていました。だけど今、彼女は誰が見ても、確実にヒーローでした!(ヒロイン?)
「なんてったっけ、あの子の名前?」
必死に思い出そうとしますが、思いだせません。
『40分、経過! がんばれ!』と、司会者が声をかけました。
周りで見ているみんなも「ガンバレ、ガンバレ!」と声援しています。
ふとその時、あなたは「女の子」の名前を思い出しました。「さおりさんだ・・・」
『45分、経過!! 落ち着いて、ガンバレ!』と司会者。
「さおりさん、がんばれ・・・」と小さな声でつぶやいてみました。
もちろんこれじゃ声援は届きません。「同じクラスの友達なのに。あんなにがんばっているのに・・・」あなたは自分が何か卑怯なような気がしました。
そこで、勇気を出して今度は大きな声で云ってみました。
「さおりさん、がんばれ!」「さおりさん、がんばれ~!!!」
その時、さおりさんは、あなたの方をチラリと見て、「ふっ」という感じで、力を抜いたようでした。そして一歩足を踏み出し、傘をゆっくりと落としました。
「ああ~!」というため息と共に、大きな拍手が周りから湧き起りました。
ひたいに薄っすらと汗をかき、ちょっとはにかんで、ぱっと笑みを浮かべた「さおりさん」を、あなたはステキだと思いました。
「明日学校でみんなに教えなくちゃ!」
◇ ◇ ◇
本当にあった話はこうです。
あるデパートで「チャレラン大会」を実施した際、参加者のひとりの女の子が、閉店間際になっても「傘バランス」をつづけてました。
すでに終わってしまった参加者も 固唾を飲んで見守る中、デパートの担当者は、記録を逸するのが惜しく、その会場だけ閉店時間後も明かりを消さず、イベントを続ける手配をしました。
でもその女の子は、周りの気配を察して中断してしまったそうです。
この時の記録は「45分29秒 後藤 理さん(岐阜高山小6年~当時)」で、もちろんそこにいた皆から絶大な拍手を受けました。
(2004.11.5)